monochrometomo

mono-chrome[blog]

日常を書きとめる備忘録的なもの

気仙沼

27 10月

【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その3

その2 の続きです。


●最終日(2012年3月12日)

終電があるうちに東京に戻らないといけないので、大島に滞在できるのはお昼まで。
2日間、寝る場所だけでなく食事まで面倒見ていただいたので恩返しをせねば!ということで、お家のメンテナンスをさせていただくことにしました。
雨が降ると庭先がぬかるんでしまうということで、敷石と砂利で整備。軒先の踏み台と井戸のフタを廃材でDIY!などなど、大したことはできませんでしたが、お礼の気持を込めてやらせていただきました。


そしてフェリーの時間がやってきたので、お世話になった方々にご挨拶をしてまわり、再会を約束して大島を離れました。

v04_03_01

ピンクの2人組の右側が宿泊場所を提供してくださった家主さん。左の方は家主さんのお茶っこ友達。滞在中みんなでお茶っこしました^^


v04_03_02

フェリーでの恒例の光景。うみねこさんたちが「くいもんくれー」と寄ってくるのでかっぱえびせんなどのスナック菓子必須です。このときは口にくわえてエサやりをするという度胸試しをいい大人がキャッキャキャッキャいいながらやりました(女性メンバーの冷たい視線を感じながら…)

v04_03_03


お昼を食べていなかったので、浜の家さんで昼食をいただいてから帰ろー!と寄ったところ、月曜は定休日…。しまった、事前に調べてなかった…_ノ乙(、ン、)_
みんなテンションだだ下がりで一路東京へ。途中雪に降られたりはしましたが、とくに渋滞やトラブルなどはなく無事電車が動いているうちに品川駅につくことができました。


震災からちょうど1年である3月11日を気仙沼で迎えたい。
これまでほんの少しだけど、関わらせていただいた気仙沼が1年で何が変わって何が変わってないのかをこの目で見ておきたいという想いもあったので、今回のような日程での活動になりましたが、大島の方々のお心遣いで追悼式にも参加させていただくことができましたし、復幸マルシェの方々が復興に向けて力強く進んでいく姿も間近で見させていただくことができて、本当に来てよかったなぁと実感しました。

「もう1年」と感じる方もいれば「まだ1年」と感じる方もいる。それぞれの想いに寄り添った息の長い支援が必要です。
これからも、できることを、できる範囲で。


25 10月

【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その2

その1 の続きです。


●活動2日目(2012年3月11日)

2012年3月11日(日)、東日本大震災からちょうど1年。

当初、この日は大島でおこなわれる東日本大震災一周年追悼式の会場準備などをお手伝いする予定でしたが、訪問直前にお手伝いの必要がなくなったという連絡があり、何も予定がありませんでした。
そんなこともあり、今日はどうしようかー?なんて話しながら朝食を食べていると、いつも大島での作業で色々とお世話になっている方が、とある作業を手伝ってほしいとやってきました。どうやらうちらが暇そうにしていることを聞きつけたみたい(笑)

ということで、この日は津波被害にあったお宅の荷物の運び出しなどをお手伝いさせていただくことになりました。


v04_02_01

さっそくそのお宅にお伺いすると猫ちゃんがお出迎え。近づいても逃げないので手を出してみたら「にゃっ!!」と猫パンチを喰らいました(^_^;)


v04_02_02

お家の中から運び出した被災家財。これでもまだほんの一部です。
震災から1年経っているわけですが、いまだ手を付けられずに困っている方々もいるのです。1年間片付けもしないで何やってんの?と思う方も当然いるでしょうが、被災された方々にも色々と事情がありますからね。それに、片付けなきゃいけないものは本来不要なものではなく、どれも思い出の詰まったものですから…。


v04_02_03

作業の途中、大島小学校の体育館で行われた追悼式に参加させていただきました。遺族の方を中心に、島民の方々、我々と同じようにボランティアに来ていた方々などが出席されていました。自分たちは部外者ですので、会場の片隅で追悼の気持ちをあらわすことさえできればよいという想いで参加させていただいたのですが、献花させていただくことができました。

追悼式も終了し、作業を再開。途中、おやつに気仙沼クリームサンドをいただきました!(コッペパンにピーナツクリームが詰められたもの)疲れた体に甘いものはありがたいよねぇ(*´ω`*)


v04_02_04

猫ちゃんにもおすそわけ。あれ?1匹増えてる(笑)

17時頃に無事作業終了。とりあえず人手がいる大きなものは片付けることができました。


この日は島内のお店で食材を調達して何か作ろうかー?とみんなで相談してたのですが、家に帰ってみるとすでに夕食が準備されてるじゃないですかぁぁぁぁ(;´∀`)
「あんたたち疲れてるだろ?」ってそりゃそうだけど申し訳ないから~…。
「それに、おいしいおいしいって食べてくれるから嬉しいんだ^^」ってホントに美味しいから言ってただけで催促してたわけじゃないんだよぉ…。
と本当に申し訳ない気持ちになりつつも、がっつりお言葉に甘えていただきましたけどね(笑)お手製の煮物や漬物はもちろん、海の幸も並んだ豪華な食卓。気仙沼の珍味「モウカの星」というモウカザメの心臓の刺し身にも挑戦!見た目はちょっと…ですが(^_^;) 味は絶品でした♪新鮮だからこそいただける食材です。


今日もほどよい疲れを感じつつ就寝…

v04_02_05

って蒸気でホットアイマスクつけながらこっち向いて寝とる…じわじわくる笑いを寝る間際に提供してくるな!(笑)


その3 へ続く…

24 10月

【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その1

前回2011年9月の気仙沼訪問後、次の活動を2011年11月に行うと決定したのですが、自分はどうしても日程の都合がつかず不参加となってしまったため、約6ヶ月ぶりの気仙沼訪問となりました。

今回は「気仙沼 鹿折 復幸マルシェ」(気仙沼鹿折地区の復興商店街)グランドオープンイベント(2012年3月10・11日)1日目のお手伝いをするため、9日(金)の夜に品川駅に集合し、一路気仙沼へ。
参加者6名(男5、女1)のため商用バンをレンタルしたのですが、運転席・助手席以外は背もたれが30cmくらいしかない!しかも車内空間が大きくて全然暖まらない!!恐ろしく辛い旅路となりました(-_-;) そんななか荷物置き場のスペースにダンボール敷いて仮眠する強者もいましたけどね(笑)
また、途中雪の影響で通行止めなどがあったため、いつもと違うルートを使ったりとバタバタしながらも、翌10日の8時頃に気仙沼に到着しました。


●活動初日(2012年3月10日)

気仙沼はあいにくの雪まじりの雨という空模様。
さっそく主催者の方と段取り等の打ち合わせを行い、作業を開始。駐車場の整理をしたり、売り子をやったりと、みな臨機応変に対応してました。

v04_01_01

オープン前の準備中。


v04_01_02

オープニング・セレモニーの演舞「波板虎舞」気仙沼市指定文化財です。


v04_01_03

よさこいダンスパフォーマンス。

15時頃になってようやく作業も一段落。あとは関係者の方々で対応できるとのことだったので、ここからはお客さんに早変わり!
夕食のおかずを調達したりお土産を物色していると、気仙沼市観光キャラクターの「ホヤぼーや」と記念撮影ができるというブースを発見!(SMILE PHOTO PROJECTさんによる支援活動の一環)さっそくメンバー全員と一緒に撮ってもらうことに。その場でプリントしてフォトフレームに入れてくれました!前々からホヤぼーやに会いたかったので、撮影の際にその嬉しさが表情に出てしまい、仲間から「今までで見たことない笑顔してた(笑)」とからかわれちゃいました(;´∀`)

v04_01_04

撮影の合間に小首を傾げて休憩するホヤぼーや。頭重いんだね(^_^;)


v04_01_05

復幸マルシェ近くにあった歩道橋に結び付けられた国旗には「がんばれ、日本 がんばれ、東北」の文字が。


その後、復幸マルシェを離れ、フェリーで気仙沼 大島へ。実は前回の訪問で宿泊場所として貸していただけることになったお宅に2日間お世話になることにしていたのです。
お宅に到着すると、家主の方が「寒いなかご苦労様」ということでお風呂を沸かして待っていてくださったうえに、夕食まで準備してくださっていました。おかげですっかり冷えきった体はもちろん、心もぽっかぽかになりました(*´ω`*)

そして19時から鎮魂の花火が小田の浜で打ち上げられるということで見に行くことに。

v04_01_06

3部構成で、2部では島の方々のメッセージと共に大島での死亡・行方不明者の数である31発の花火が打ち上げられました。

家に帰ってきてからは、家主の方も一緒にみんなでわいわいこたつで夕食&団欒。震災当時のことや最近の様子などをお聞きしたり、テレビを見て笑ったり。
前日からほとんど寝ずに気仙沼入りして作業していたこともあり、早めに寝ることにしたのですが、なんとお布団まで用意してくださっていました。(みんな寝袋持参してたんだけど…)しかも人数分足りなかったから知り合いの旅館に借りてまでΣ(゚Д゚)! 毎度気仙沼の方々にはお世話になりっぱなしですね…本当にありがとうございますm(_ _)m

おかげでゆっくり疲れがとれます!おやすみなさい ( ˘ω˘)スヤァ


その2 へ続く…

18 10月

【ボランティア体験記】3.11のキオク(2011/9/23~25)- その3

その2 の続きです。


●最終日(2011年9月25日)

3日目。弾丸ツアー最終日。

帰りのフェリーまではまだ時間があったので亀山に登ることに。
登るといっても車で山頂近くまで行くことができ、そこから徒歩5分ほどで山頂になります。

v03_03_01

v03_03_02

v03_03_03

展望台からは大島や気仙沼市街、唐桑方面が一望できます。

大島には実質1日半という短い滞在時間でしたが、現状や今後の活動拠点の確保など、当初の目的は一通り果たすことができました。


続いては前回支援物資を配布させていただいた唐桑地区のお宅を訪問することに。前回撮った写真をお渡ししたかったのと、その後の様子をおうかがいしたかったのが目的です。

途中、通った鹿折唐桑駅周辺は震災から6ヶ月経ってもこんな状況です。

v03_03_04

v03_03_05

v03_03_06


ちょうどお昼時におうかがいしてしまい、「おぅ、ちょうどよかった。くってけ!」とお昼をごちそうになっちゃいました~(狙って行ったんじゃないよ(^^;))
昨日釣ってきたというイカで作った塩辛にけんちん汁やピリ辛らっきょう・キュウリの漬物などなど。おばあちゃんとお母さんの手作り料理最高っす!

ご家族みんな元気そうでよかった。震災当初はなかなか支援の行きとどかない地区でしたが、今では他県の漁業関係の方々が来て漁業の復興に力を貸してくれていたり、各地から野菜などの支援物資も送られてくるそうです。
避難所や仮設住宅でなく自宅で暮らしている方々も大変な状況が続いていたので少し安心しました。


最後に、気仙沼市議会議員に気仙沼市内でのボランティアのニーズなどをおうかがいしに行きました。(ボランティアセンターにあがってこない問題点など色々あるようで…)
待ち合わせの場所に行ってみると、酔っ払ったおじさんたちが十数人…。地域の会合があったらしく、その後の飲み会の場に合流してしまいました(;´∀`)
おじさんたちの「オマエも飲め」の誘いを全力で断りながら(このあと運転して帰らなきゃいけないからね)、お話をおうかがいしましたが、なまり+酔っぱらっていて何言ってるのかさっぱりわからない方が大多数でした(笑)あ、市議はほどほどだったのでちゃんとお話することができました^^

おじさんたちがなかなか開放してくれず、予定を2時間ほどオーバーして気仙沼を後にしましたが、なんとかその日のうちに帰京することができました。

***

今回の訪問では力仕事はしなかったけど、とっても濃い3日間でした。
これまで気仙沼・大島の復興のお手伝いをさせていただいてきて、こっちに帰ってきても常に気になる存在となっている場所。これからも少しでも力になることができればという想いの仲間たちと一緒に支援を続けていこうと思っています。

できることを、できる範囲で。
気仙沼で出逢った素敵な方々の笑顔がみたいから(^^)


突然の訪問にもあたたかく迎えてくださった気仙沼の皆さん。
本当にありがとうございましたm(_ _)m


目次へ 
17 10月

【ボランティア体験記】3.11のキオク(2011/9/23~25)- その2

その1の続きです。


●2日目(2011年9月24日)

しっぽり男ふたり旅、2日目。

朝から快晴。
気仙沼港から8時40分のフェリーで気仙沼 大島へ。
港には多くの漁船が停泊し、少しずつ漁業が再開されいている様子。

大島に近づくフェリー。2ヶ月ぶりの大島にテンションが上がったおっさん2人が船上ではしゃぐ。
「わー大島きたぞーヽ(=´▽`=)ノ…ん?なんか景色が違うような…」


v03_02_01

「…あ!乗り上げてた2隻のフェリーがなくなってる!!!」
9月中旬にサルベージされ、ドックで修理中とのことでした(その後、2隻とも復帰しました)


v03_02_02

フェリーが乗り上げていた道にも電柱が建っていました。

さっそく、昨日到着が遅れてしまい行かれなかった災害対策本部へ。現状と今後の見通し、ボランティアのニーズなどをおうかがいしました。
この当時、ニュースなどでは支援のフェーズ(被災家財の撤去などから被災者の心のケアなどへ)が変わってきているという報道もありましたが、大島ではまだまだ力仕事を必要としていました。


打ち合わせ後に島内をまわってみましたが、力仕事系の作業をしていたのは2か所くらい。連休中のわりには少ないなぁという印象。
3か所ある仮設住宅ではマッサージやお好み焼きの炊き出しをしている団体、子供たちに凧の作り方を教えている団体がいました。しかし、団体によっては1か所の仮設住宅で実施していて、他2か所の仮設住宅には「ここでやってるので来てください」というチラシを配っているだけ。車も流され移動手段もないし、お年寄りが多いのに歩いていけるわけないだろう?と呆れてしまいました。不公平な状況が発生してしまうと島民の方々の人間関係にも影響を与えかねません。支援する側も事前の調査は大切です。


v03_02_03

海岸の手間に積み上げられた被災家財。海が見えません…。


v03_02_04

道を挟んで反対側もこんな感じ。


v03_02_05

前回・前々回の作業時に休憩場所として使わせていただいたお宅。とうとうこの数日後に解体されるとのこと。


v03_02_06

一部の道路は津波で寸断。


v03_02_07

震災前は快水浴場百選の特選にも選ばれたことのある小田の浜。地震による地盤沈下と津波による砂の流出で砂浜の幅が狭くなってしまいました。


その後、これまでの大島での作業で色々とお世話になった方(県からの委託で被災家財の撤去作業などをされている)のお宅でお話をおうかがいしつつ、お昼をごちそうになりました。
また、今後の大島でのボランティア作業の拠点として、この方の知人のお家を宿泊場所として貸していただけることになったり、この日の宿を紹介していただいたり、夜もお家に招いていただいてお刺身をごちそうになったり&お土産をいただいたりと、本当にお世話になりっぱなしでした(^^;)


v03_02_08

宿泊場所として貸していただけることになったお宅。津波にも耐えたそうです。


v03_02_09

この日お世話になった民宿『幸坂荘』さんの玄関にいたタヌキとネコ。


v03_02_10

宿からの眺め。


v03_02_11

急な宿泊にもかかわらず豪華な夕食を用意していただきました!うまし!


v03_02_12

この日の宿泊客はうちらだけということで大広間を2人で独占(笑)


v03_02_13

いただいたお土産、「がんばつぺし 大島」のラベルの日本酒。中身は(株)角星の金紋両國。


v03_02_14

震災復興最中(「もなか」と「さいちゅう」をかけてるんですよ!)


これまで3回の気仙沼訪問で初めての大島宿泊。街灯は津波で流され、曇りの日の夜や新月の夜は懐中電灯なしでは歩けないほど真っ暗。この状態で、再び地震・津波がきたら避難も大変です。震災から6ヶ月。命を守るために必要な最低限のインフラ復旧もままならない状況を目の当たりにしました…。


その3 へ続く…


記事検索
ギャラリー
  • プルダウンメニューが左側に表示される
  • プルダウンメニューが左側に表示される
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その3
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その3
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その3
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その2
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その2
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その2
  • 【ボランティア体験記】3.11のキオク(2012/3/9~12)- その2